著者:今泉 恂之介
ジャンル:俳句史
出版社:新潮社
発行年月:2011年08月
子規に「卑俗陳腐」と一刀両断された江戸後期から幕末・明治の俳句。
だが意外にもそこには「名句好句」の数々が!
松山藩家老奥平弾正、最後に幕臣中島三郎助、土方歳三、漂白の俳人井上井月、さらには無名俳人や女性たちの秀句…。
芭蕉・蕪村・一茶の「ビッグ3」から近代俳句の父・子規へ、滔々と流れる俳句史から「消された百年間」を鮮やかに蘇らせる。
・俳句研究者向け。正岡子規の功罪について、詳しく書かれています。
・俳句史の定説が覆されます。
・正岡子規についての事前知識が多少必要です。
・情報量が多く、内容の濃い本です。
・抽象的な表現、難解な言葉はまったくありません。
読みやすく、わかりやすい内容です。
・貴重な失われた100年間の名句が多数掲載されており、資料としても価値が高いです。
小林一茶以後の江戸時代後期から、正岡子規が登場する明治中期までの約100年間の記録は、なぜか俳句史からスッポリ抜け落ちた状態になっています。
これは子規が、次のように言って、江戸時代までの俳句を批判したからです。
天保以後の句は概ね卑俗陳腐にして見るに堪えず。称して月並み調という。
この言葉が一人歩きし、天保以後の俳句、俳諧師(俳句の先生)は、論ずるに当たらないものとして、記録から抹消されてしまったというのです。
しかし、本当に子規の言うように、100年もの間に作られた俳句が、すべて駄作で、優れた俳諧師などいなかったのか? という疑問から、書かれた本です。
著者は苦労して、少ない資料に当たり、この100年間に作られた俳句を発掘していきます。
また、正岡子規の言う「月並み調」の俳句というのは、具体的にどういう物なのか、当時の俳壇の状況も交えて詳しく解説します。
非常に真摯に、正岡子規と明治の状況、幕末の俳句を研究して取り上げており、好感が持てました。
特に読んでいて驚いたのが、俳人たちの自分の声をうまく世の中に伝えられない不器用さです。
子規が新聞「日本」において、大衆受けする巧みな文章力で、旧派の宗匠たちを批判したのに対して、宗匠たちは、自分の弟子しか読んでいない機関誌で、反論するくらいだったようです。
終戦直後の第二芸術論で、「俳句は小説や演劇などに比べて劣る」と、批判された時も、俳人たちは、まったく言われるがままで反論できなかったことを知って、唖然としました。
また、人知れず名句を作っていた無名の俳人・井上井月や彼の同郷の俳人たちのように、自己主張するだけの意志を持たない人々が多かったのにも、驚きました。
俳句界に巣くっていた本当の旧弊というのは、俳句の内容そのものではなく、難解な文章をありがたがる体質、自己主張しない謙虚さを美徳とする風潮なのではないかと思いました。
だから、自分たちの主張をうまく伝えられず、新聞記者という絶対的なアドバンテージを持つ正岡子規に、一方的にやられてしまったのでしょう。
子規の俳句改革は、メディアの力、自己主張する強烈な個性が、それまで日本人の美徳として来た価値観を一掃したという側面を持っていたのだと、この本を読んで感じました。
また、結核を患って、とにかく大望を成そうと焦っていた正岡子規の人物像、というのにも迫っており、なかなか興味深く読めました。
ただ、土方歳三を取り上げたのは、おそらく資料不足から来る苦肉の策だったのだと思います。
土方歳三の句は、駄句として有名で、残念ながら失われた名句好句とは言えませんからね。
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